5月22日(日曜)昼に横浜の南京町(中華街)で皆で、お食事です。
相変わらず中華街は人で混みあっています。
南京町で食べる中国料理は若向き用ですネ。
ま~あ、若いのは次から次へと、よく腹に入るものダ!
今じゃぁ私は美味しいと思ったことが無い!
日本人好みでない味がする様な気がする。
チョット味に癖が有りますね。
沢山ある中華料理店の味も其々異なり、
自分の口に見合った美味しい店を探すのは大変です。
何店かは「お気に入り」のお味のお店を知っていますが、
人気店は人で満員!
空いている店を探して入るので、お味はイマイチか?・・
単なる自分の口に合わないだけなのか?・・
中華は不思議と沢山注文しても、しつこい味なので直ぐに満腹になります。
ラーメンも日本のラーメンの方が好きです。
これは、日本人の好み味に作られているからだろう・・・
今回は若いのに任せてのお付合い。我慢・・
シュウマイ買ってきましたが、この横浜名物のシューマイは格別に美味しい!。
これ食べちゃうと比べ物にならないくらいのお味だ!
今日の夕食はシューマイが食卓に出るでしょう・・
また悪玉コレストロールが増えそうだ!
昨日は本家で幼年期の写真を探してみた。
自分の幼年期の写真は沢山持っていない。
昔はカメラは高級品で普通の家庭には無かったですね。
その中で私が持っていない貴重な写真を見つけた。
早速、アルバムから引き抜いて持ち帰った。
この傑作写真、記憶に有ります。
ここは「響き橋」です。橋の下は京浜第二国道です。
鶴見区東寺尾に架かる橋です。
煙突の建物は銭湯です。親に引っ張られて風呂屋に通いました。
この銭湯は映画評論家の有名な淀川長治さんも通っていましたよ。
淀川さんは鶴見の東寺尾に住んでいて、その後は馬場に住んでいました。
風呂屋さんで背中の「洗いっこ」を誰となくやるんです。
気さくな頭の低い方です。淀川さんは仕事の通勤に臨港バスを利用してました。
バスの中でも気楽に誰にも話しかけてきます。
私も中学生まで何回かバスの中で話をしたこと有りますね。
この「響き橋」の写真の右側に従姉です。その隣が本人。
本人は従姉のスカートをズボン代わりに着ていたようです。
左の女の子とオメンを被った男の子は近所の遊び仲間でしょう・・
(何処かのおじさんが撮って、後日、写真を売りにきて私の母が数枚買ったそうです。)この時代、誰もが、その日の生活費を稼ぐ事で大変だったようです。

現在の「響き橋」(通称メガネ橋)
コンクリートからフェンスに替わってます。
この位置で幼年期の写真を写したと思います。

まだ何処かに古い写真を探せば見つかると思うが・・
其のうちに家の中を探し荒らしてきます。